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売野 機子:「ありす、宇宙までも」より

宇宙が象徴するものとは?

『ありす、宇宙までも』というタイトルに、まずグッときた人も多いはず。
“宇宙”って、それだけで何かロマンチックで、壮大で、手の届かないものを思わせる。
でも、この作品における“宇宙”はただの背景じゃない。
作品全体のメタファーとして、重要な意味を担ってるんです。
“果てしない場所”=夢のメタファー
作中でありすは、「日本人初の女性宇宙飛行士のコマンダーになる」という
とんでもなく大きな夢を語ります。
普通の小学生なら、そんな壮大な夢は口にするだけでも勇気がいるし、
そもそも「どうせ無理」って思ってしまうことの方が多い。
でも、宇宙って“遠くて届きそうにないもの”だからこそ、
「そこを目指す」と言ったときに、
ありすの意志の強さと決意の深さがグッと伝わってくる。
つまり、「宇宙」はありすの未来そのもののメタファー。
どれだけ遠くても、見えなくても、
「行ってみたい」と願った瞬間に、それは夢になる。
宇宙は孤独?それとも希望?
もうひとつの視点は、宇宙=“孤独”の象徴としての顔。
宇宙空間って、無音で、暗くて、誰とも会話できない場所。
でも、その静けさや孤独って、
ありすが感じている「言葉が通じない日常」に重なる部分がある。
ありすはずっと「地上にいるのに、誰ともつながれない」状態だった。
だからこそ、誰よりも“宇宙に惹かれていた”のかもしれない。
だけど面白いのは、彼女が宇宙に惹かれながらも、
ちゃんと「地上で誰かとつながる」こともあきらめていないってこと。
それを象徴してるのが、犬星くんの存在。
彼という“重力”があったからこそ、ありすは宙に浮かびっぱなしにならずに、
ちゃんと地に足をつけて、夢を目指せるようになった。

だからこの作品での“宇宙”は、
ただ孤独を映すものじゃなくて、孤独を超えていく場所=希望なんだ。
言葉を失った少女というキャラクター設定
『ありす、宇宙までも』を語るうえで、
主人公・朝日田ありすの“言葉がうまく話せない”という設定は、
ただの個性ではなく、この作品の核となるテーマです。
セミリンガルのリアルな描写と葛藤


ありすは、日本語と英語のバイリンガル教育を受けていたけど、
両親の死をきっかけに、その両方が中途半端になってしまった状態——
いわゆるセミリンガルと呼ばれる状態にあります。
この設定、実はめちゃくちゃリアルで、
「二つの言語を覚える過程で、どちらも定着しない」という
現実に起こりうる困難なんです。
そして作品の中でありすは、自分の状態を“壊れてる”と感じたり、
「ちゃんと喋れない=ちゃんと人と繋がれない」と思い込んでしまう。
この「伝えたいのに伝えられない」もどかしさは、
読者にもグサッと刺さるポイント。
現代って、言葉にできない気持ちが多すぎる世界だからこそ、
ありすの姿はどこか、自分自身を重ねたくなる存在なんだよね。
言葉を知ることで「世界の解像度」が上がるということ
犬星くんが、ありすに言葉や知識を教えていく中で、
少しずつ彼女の世界の“ピント”が合っていくような描写があるんですが——
これ、すごく美しい演出です。


ありすは、新しい言葉を覚えることで、
「見えなかったものが見えるようになる」
「理解できなかった世界が、だんだん輪郭を持つようになる」
つまり、言葉=世界を認識する手段。
「言葉を知ることで、世界の解像度が上がっていく」
という編集部のコメントも本当に的確で、
まさにこの作品の深みを表してる言葉だと思います。
天才×普通の子=バディの共鳴構造


物語をグッと熱くしているのが、
言葉を失った少女・ありすと、天才少年・犬星類のバディ関係。
この二人、ただの「教える・教わる」じゃなくて、
お互いの欠けた部分を補い合う関係なんですよ。
犬星くんの孤独と優しさ


犬星類は、学校内で“天才”として有名だけど、
性格はちょっとトゲトゲしていて、クラスで浮いている存在。
自分の知識や能力に自信があるぶん、他人に対して冷たいところもある。
でも、ありすにだけは違った。
彼女の“言葉の不自由さ”にすぐ気づいて、
自分から「教えてあげたい」と思った。
これって、犬星くんにとってはじめての「感情の共有」だったのかも。
ありすに教えることで、彼もまた変わっていくんだよね。
だからこそ、ただの「天才が導く話」ではなくて、
「ありすが犬星を変えていく話」でもある。
二人の“欠けた部分”が支え合う関係性
ありすには「言葉が足りない」。
犬星には「他人への共感が足りない」。
そんな二人が出会って、
互いの“足りなかったもの”を補い合うように、
ゆっくりと関係性を育てていく。
これがもう、尊くてたまらん。
言葉を教えながら、犬星はありすの“心”を知るようになり、
ありすは犬星の支えで、“声を持つ”ようになる。
どちらかが導く関係じゃなくて、二人で一つの未来を作っていく。
その構図が、読者の心に刺さらないわけがない!
「学ぶこと」が持つ力とは?
この作品の中で繰り返し描かれているのが、
「学ぶ」という行為が、人生そのものを変えていくということ。
勉強=テストのため、じゃない。
もっと深くて、もっと尊い。
“知ること”が、“生きる力”に直結していく——そんなテーマが強く流れています。
点数よりも“世界の見え方”が変わる


ありすにとって、最初の学びは「言葉を取り戻すこと」。
でも物語が進むにつれて、それだけじゃなくなる。
犬星から宇宙の話を聞いたり、
ロケットの仕組みを教えてもらったり、
ワークショップで専門家に触れたりする中で、
ありすの“世界の見え方”がどんどん変わっていく。
たとえば、
「空を見上げるだけで、そこに“夢”を重ねられるようになる」って、
それだけで人生が明るくなる気がしない?
学ぶことで、世界の彩度が上がる。
ぼんやりしていた景色が、くっきりしてくる。
この描き方が本当に丁寧で、読者自身も「学ぶって面白い」と感じさせてくれるんです。
知ること=自分を取り戻すこと


ありすは、最初「わたしは壊れてる」と感じていた。
でも、犬星くんと出会って、言葉を学んで、宇宙を知って、
少しずつ“自分を肯定する言葉”を持てるようになるんです。
「学ぶこと=生きること」
「知ること=自分を好きになること」
そんなメッセージが、この作品にはそっと込められています。
『ありす、宇宙までも』が刺さる理由
この作品がこれだけ多くの読者に愛されているのは、
ただ「感動するから」とか「絵が綺麗だから」じゃない。



現代を生きる私たちの“心の奥”にあるものを、静かに揺さぶってくるからかも
現代の若者が共感する“生きづらさ”と希望
ありすのように「うまく話せない」「言葉が通じない」と感じる瞬間は、
実は多くの人が経験しているもの。
SNSが主流になって「言葉」が常に目に見える今の時代、
伝え方ひとつで誤解されたり、
“上手く話せない自分”を責めてしまったり——
そんなコミュニケーションへの不安や孤独を抱える人は、年齢問わず本当に多い。



ありすの姿は、そんな生きづらさを持つすべての人にとって、
「それでも前に進める」って教えてくれる存在なんですよね。
読み終えた後に残る、静かな熱
この作品のすごいところは、読後にドーンと感情が爆発するというより、
じんわりと余韻が残るところ。
「あのセリフ、もう一度読みたいな」
「なんであんなに涙が出たんだろう」
——そんなふうに、ふとした瞬間に思い返してしまう“静かな熱”がある。
特にありすが夢を語るシーン、
犬星がありすの名前を呼ぶシーンは、
読むたびに体温がちょっと上がるような、胸がふるえるような。
まとめ|宇宙は遠い。でも、手を伸ばしていいんだ
『ありす、宇宙までも』は、
遠くて手の届かないはずの“宇宙”を、
たしかな足取りで目指す一人の少女の物語。
だけど本当に描かれているのは、
誰かと通じ合うことのむずかしさと尊さ、
学ぶことの喜び、
そして“自分を信じること”のはじまり。
言葉が出てこない日、
うまく人と関われない日、
「自分なんて…」と思ってしまう日。
そんな時にこの作品を読むと、
静かに背中を押してくれる。
「あなたは、ありすと同じように、まだ知らないだけ」
「知ることは、あなたを変えることができる」
そう語りかけてくれるような作品です。



空は、こんなに広かったんだ。
そう思える読書体験を、ぜひあなたにも。

